舟 船(ふねふな)

別 表 記:舟ふな(和泉流)

分  類:小名狂言 太郎冠者物 

登場人物:太郎冠者(シテ)、主


 あらすじ

最近忙しかった主人は、たまには外出しようと太郎冠者に相談する。太郎冠者の発案で西宮に行くことに したが、途中で神崎川という大きな川に出くわしてしまう。乗る物を太郎冠者に探させると、太郎冠者は 遠くのほうの船に向かって「船(ふな)やーい。やーい。」と呼びかける。主人は「あれは舟(ふね)だ」 というが、太郎冠者は古歌を引き合いに出してだと言い張る。主人も古歌を読んだり謡を謡ったりして と言い張るが、太郎冠者に言い負けてしまう。

 みどころ

 舟(ふね)船(ふな)かを言い争う他愛のないお話。主人と太郎冠者の普段の会話と言ったところでしょうか、とりたてて見所も聞き所もありません。 それでありながら、和歌を引き合いに出してくるところが上品です。 本当ならなんでしょうけれど、言い負けてしまう主人が哀れです。 現代でも、言葉の端をとらえて間違いだと言っても、言い負けてしまいますよね。さてみなさんは、 、どちらが正しいと思いますか?
 和泉流には小野小町の細歌があります。

 同様の言葉争いに、花か桜かを言い争う「花争」があります。

 うんちく

神崎の渡しは「薩摩守」にも出てきます。名の知れた大きな川だったようです。
最後に出てくる謡は「三井寺」の一節。
山田・矢橋の渡しの夜は通う人無くとも、月の誘わば自ずから、も焦がれて出らん。人も焦がれ出らん。

和歌は。。 分かりません。

文:藤野正也

 公演情報

 


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